08 現実への感覚の組み込み

8-1 組み込まれる感覚の強度
感覚の素は、記憶投影現実の中に色々な形として組み込まれます。
カラスの例では、「いつもの家に差し掛かったところ」という記憶投影現実の中の場所という要素に、感覚の素が組み込まれています。
感覚の素は、このように地理的な要素以外にも、人・物・状況など色々なものに組み込まれます。
次に挙げるようなときには、体験によって得た情報が記憶投影現実に感覚の素として組み込まれる際に、嫌な感覚の強度や、その感覚と対象との空間的・時間的な距離感などに狂いが生じてしまいます。
【不快な感覚を強化する要因】
(1)その人にとってあまりにも強烈な体験である
(2)その体験によって生じた感覚や感情を否定される
(3)体験そのものを批判される
(4)体験によって生じた感覚や感情に合った適切な手当てをせずに放置される
これらの要因によって新たに生じたつらさは、「不快な感覚を強化する要因」となった体験ではなく、はじめにつらさを生じさせた体験の方に付け加えられてしまうところがあります。
このようにして、はじめのつらさが実際よりも強められてしまうことによって、体験によって得た情報が、実際よりも何倍もつらい体験としての「感覚の素」を伴って、記憶投影現実に組み込まれてしまうのです。
その結果、全く心配ない状況でも、その体験のことを考えただけで、嫌な感覚が蘇ってしまうようになることもありますし、また、雰囲気に敏感になって、あまり似ていない状況でも、似た雰囲気を感じ取ってしまって、嫌な感覚が蘇るようになることもあります。
例えば、テレビからカラスの鳴き声が聞こえてきただけでも、カラスに襲われそうな恐怖を感じてしまうような状態です。
このようなときは、「カラス」という動物の種類に感覚の素が組み込まれています。
他にも、ちょっと過剰反応かもしれないと思うようなことには、記憶投影現実に、何らかの体験による「感覚の素」が組み込まれていると考えられます。
逆に、つらい気持ちのときに、親身になって話を聞いてもらったり、安心になるまで抱きしめてもらったりすると、つらい気持ちを和らげることができます。
その結果、つらい体験によって生じた感覚を記憶する際に、狂いは生じにくくなり、不快な感覚が生じる対象範囲が不必要に広がることを防ぎます。
更に、感覚とその対象との結びつきは弱くなり、また、呼び起こされる感覚も小さくなるため、感覚や感情に振り回されにくくなります。
いつまでも嫌な出来事などに、こだわることもなくなります。
そして、妥当なときにだけ、妥当な強さの感覚が生じて、妥当な反応ができるようになります。
8-2 感覚を取り込む対象
記憶投影現実の中のありとあらゆるものが、感覚の素が組み込まれる対象となります。
【例】言葉、結果(成功/失敗)、価値観、場所・風景、音、におい、置かれた状況、自分の状態・他人の状態、自分の感情・他人の感情、自分の気分・他人の気分、他人との距離感、他人の反応、他人との関係性、置かれた環境、役割、話し方、物事に取り組む姿勢、行動・振る舞い・作法、考え方、感じ方、人の表情・顔つき・性別・体格・年代・服装、上下関係、出来事、季節、気温、天気、気象、時間帯・・・ などなど
感覚の素が組み込まれる様子を、言葉を例に説明します。
「どうして○○○○?」「なぜ、○○○○?」「黙っていないで、言いたいことを言いなさい」といった言葉を、責める目的で使う親なら、子供がこれらの言葉に素直に反応してしまうと、親の感情を逆なでして事態を悪化させ、もっとつらい気持ちにさせられてしまいます。
ですから、それらの言葉を「文字通り」に受けとめて素直に反応せずに、裏に隠されている「責める」という目的を察して、親の気が済むまで黙って耐えなければなりません。
このように、「言葉に裏の意味」を持たせてやりとりする人とのコミュニケーションを繰り返していると、「その言葉を文字通りに受けとめて反応したときに、相手から感じさせられた嫌な感覚」が、感覚の素として、記憶投影現実の中の「どうして、そんなことをしてしまったの?」といった言葉に組み込まれてしまいます。
そして、普通の人(言葉を文字通りの意味に使ってコミュニケーションをする人)の「どうして、そんなことをしてしまったの?」とただ答えを求める質問にも、記憶投影現実に組み込まれた感覚の素が反応して嫌な感覚が蘇り、ありもしない「裏の意味」を読み取って、ちぐはぐなコミュニケーションをしてしまいます。
【例】
●体を緊張させて黙り込む
●喉のあたりに、何かがつかえるような感覚が生じて、言葉が引っかかって出なくなる
●イライラした感覚が生じて先制攻撃としての怒りが現れる
●核心となることには応えずに、あれこれと言い訳をしてしまう
次に、感覚の素によって再現された感覚に反応している例をいくつか挙げておきます。
その背景にどのような事情があるかを想像してみて下さい。
●秘密を作らないように何でもかんでも話してしまう
●気分が落ち込むと余計に落ち込む
●自分の嬉しいことを他人に話してもしょうがないと感じる
●暇なときにゴロゴロしていると、何かをしなければならないという気持ちになる
●やりたいことをやろうとすると、もっと大事なことがありそうな気がしてできなくなる
●つらいときに一人きりになりたくなる
「生理的に受け付けない」といったことも、相手の何かによって記憶投影現実に組み込まれている感覚の素が刺激されて呼び起こされた感覚を、相手にオーバーラップさせていると考えられます。
8-3 「感覚の素」が組み込まれる理由
自分を危機的な状況から守るためには、次の(1)~(3)の流れを実現する必要があります。
(1)状況を把握する
(2)その状況で最も有効と思われる反応を、記憶の中から選び出す
(3)選び出した反応を引き起こす
この(1)~(3)の流れを、冷静にじっくり考えながら進めていては、目の前の出来事に即座に対処することはできません。
しかし、記憶投影現実に感覚の素を組み込めば、効率的に引き起こせるようになります。
自分が置かれている状況に、過去の嫌な体験が起きたときと似た雰囲気を感じたとき、記憶投影現実の中で組み込まれた感覚の素が反応して、過去の体験での感覚が再現され、その感覚が合成現実(人にとっての現実)にオーバーラップされます。そして、その感覚に反応すると「過去と同様の体験を防ぐ行動」や「予期される衝撃に備える行動」を自動的に引き起こすことができるのです。(条件反射)
自動化された反応だけを見て、それが起こる原因を理解することは難しいのですが、「8-2 感覚を取り込む対象」で説明したように、その反応と結びつきそうな過去の体験を考えれば、その自動化された反応が妥当だった過去の状況や体験に気付くきっかけになります。
そして、「8-1 組み込まれる感覚の強度」で説明したように、某かの体験によって生じた感覚や感情に適切に対処していないことが自動化の要因ですから、その感覚や感情に気付き、適切に対処すれば、「自動化された反応」や「反応を生じさせるための不快な感覚」は薄れていきます。
本書では、心の苦しさに焦点を当てているために、危機回避のための条件反射を中心に説明していますが、逆に、自分にとっての好ましいことが起こる確率を高めるための条件反射もあります。
それらを含めると、条件反射の目的は、「自分がどのような状況に置かれたとしても、その時点において、自分にとっての最善の状態を実現すること」だといえそうです。